2013年07月23日

挫折の効用

「天の将に大任を是の人に降さんとするや、
 必ず先づ其の心志を苦しめ、
 其の筋骨を労し、
 その体膚を餓やし、
 其の身を空乏し、
 行ひ其の為すところに払乱せしむ。」
 
青山塾で何度も暗唱した『孟子』の一節です。
この言葉を口ずさみながら、
維新の志士たちは命がけで走り抜けたんだという
深見先生の熱い講義が今も心の中で蘇ります。

古今東西、志を立て、
世の中に立派な働きを残そうとしたら、
「絶対に」大きな挫折や苦労を経験させられます。

吉田松陰は牢に入れられ、
西郷隆盛は島流しにあい、
文字通り、
「心志を苦しめ、
 其の筋骨を労し、
 その体膚を餓やし、
 其の身を空乏し」
たからこそ、維新の原動力を産みだしました。

海外でもそうです。

リンカーンは6度の落選、2度の事業失敗を乗り越え、
セオドア・ルーズベルトやJ.F.ケネディは人知れぬ難病を乗り越え、
アメリカの歴史を作り、世界の潮流を作り出す偉人になれました。

天は公平で平等なのです。

悲しい挫折や苦しい試練を越えねば大きな幸せはありません。
千手観音様の手には刀やトンカチもありますが、
人間のためを思えばこそ、大慈大悲で試練を与えるといいます。

昨年の衆議院選挙、今年の参議院選挙で圧勝した、
安倍晋三総理大臣をみるにつけ、
これらのエピソードを思い出します。

年金問題など前任者たちの責任で参院選に敗北。
その後の「衆参ねじれ」で心身ともボロボロになり、
総理辞任後は各地で罵声を浴びせられながら、
じっと肝を練り、やがて来る「その日」に備えてこられた。

大きな大きな挫折はやはり、
大きな大きな神の愛だったのでしょう。

アベノミクスで日本が変わるか。
安倍外交で周辺国の圧迫が跳ね返せるか。
私達日本国民の未来は、
安倍総理の手腕によるところ大です。

ワールドメイトは特定の政党や政治家を
応援する団体ではありませんから、
このブログも政治的な意味で総理を応援することはしません。

しかし、挫折を乗り越えて強くたくましくなられた
安倍晋三総理が見事に日本国民を素晴らしい方向に導かれるよう、
祈り続けたいと思っています。


 
posted by Son of Zeus at 16:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月16日

人が神を裏切ることはあっても、神が人を裏切ることはない

むかし、
「お祈りしても証がなかった」
という人がいました。

その人は、残念ながらワールドメイトを退会。
でも、いろいろあって結局、再入会したのです。

なぜ?と聞いてみると、
「いろいろあったけど、結局、願いが叶ってた(笑)」
とのこと。具体的には、結婚が決まったそうです。

願いが叶えば続ける、
叶わなかったらやめる、
というのでは進歩も向上もありませんから、
今度こそ、神様のご意志にそうよう、
己を向上させ、永遠の幸せをつかんで欲しいと願います。

ともあれ、大きな願い、大きな幸せほど、
神様は時間をかけて準備されるといいます。

周囲の人をみてみても、
出世、結婚、出産などの人生の転機は、
みっちりと数年から数十年の「仕込み期間」があります。

「年収300万円」の人が、
「年収1000万円に!」と祈った。
その願いを神様が聞き届けようとする場合、どうするか?

現実的に考えて、
毎年、宝くじに当たり続けることはあり得ません。

特別な才能や経歴がない方が、
それだけの収入を得ようとするには、
1)大企業に転職して管理職になる
2)難関資格をとって成功する
3)自営業で成功する
・・・のいずれかくらいしかありません。

どれも大変に難しいことです。
(だからこそ高収入なのですが・・・)

そもそも、
これまで平々凡々に生きてきた方が、
今までの継続を捨てて難関にチャレンジするのか。

だからこそ、
神様は本人のモチベーションを高めるために、
時間をかけていろいろな形で導こうとされます。

あくまで、「たとえ」ですが、
1)恋人にこっぴどく侮辱されてふられる
2)本人や家に大変なことがあって、大きな借金を背負う
3)自分や家族が大病して、「稼がなきゃ」と決意する
といった「転機」がやってくることもあります。

実際、そうでもしないと、
その人が、今の生活を変えようと意を決することはありません。

そこから奮起して、血の出るような努力を続けること3年、5年。
必要な努力をやり遂げ、実ったところで、
ようやく目標の「年収1000万円」がみえてきます。

しかし、、、

この渦中にある人は、
それが神様の尊い思し召しとは思えないことがあるのです。

「不幸になった」
「お祈りしてもちっとも良くならない」
「神様なんていない」
そういって、信仰を捨て、神様から遠ざかってしまう。

人が神を裏切ることはあっても、
神が人を裏切ることは絶対にありません。

本当にその人の幸せを考えればこそ、
長いスパンで(ときに、前世から来世まで)、
人を幸せに導こうとするのが神様です。

全ては神様が自分を幸せにするためのプロセスなのだと
心の底から信じて、何があっても喜んで感謝したいところです。
posted by Son of Zeus at 11:49| ワールドメイトで体験したこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月12日

ほおずき市にて

浅草の4万6千日に行ってきました。

4万6千日のご縁日では、
本当に4万6千日参拝したぶんの功徳がいただけるそうです。
80年生きても2万9千日くらいですので、
人生1.5回分、毎日参拝した功徳ですね。

なぜ、それだけの功徳がいただけるのか?

深見先生から教えていただいたのは、
「法が好きになる、という功徳をいただけるから」ということ。
「ほうずき」は「法好き」をあらわします。

仏教では「ダルマ」ともいわれる「法」ですが、
宇宙の摂理、物事の理(ことわり)、老荘のいう道など、
古今東西、いろいろな言葉で表現されてきました。
これを真に体得すれば、生きても幸せ、死んでも幸せ。

また、いったん体得した法は滅びませんから、
何度生まれ変わっても「真を得た」人生を送ることができます。
よく、生まれながらにセンスがいいとか、コツがわかっている、
という人がいますが、生まれながらに真を得た人生とは、
どんなにすごいことでしょう。

目の前のお金の悩み、
人間関係、恋愛関係の悩み、
健康の悩み、
仕事上の様々な悩み。
・・・全部、次元の違うレベルで解決されてしまいます。

法を好きになる。

だから法を求め、そして体得する。

そうして、真諦を得た人生になるのでしたら、
何万日参拝してもいいくらいありがたいことです。
多くの方が4万6千日のご縁日に駆けつけるのも
うなずけます。

しかし、考えてみれば、
ワールドメイトのすべての催事・行事は、
それを通して実在の神を掌握し、
神を行じ、
神人合一の道を歩むためのプロセスです。

神事に申し込んだり、
形代を書いたりすれば、
たっぷりとダイレクトな功徳もいただけますが、
より重要なのは、願いが成就するまでのプロセス。

神様とはどういうものかを、理屈でないところで掌握する。
神様の願いにそった生き方をすることができる。
だから、何をするにしても神様と一緒にできる。

目先には成功も失敗もあるでしょうが、
それを10年、20年と続けることで、
揺るぎない「真を得た自分」が確立できるのです。

どんな逆境、批判、足の引っ張りも見事に跳ね返して、
今や日本人標準をはるかに越えたステージで、
順風満帆、春風駘蕩たる大活躍を続けられる、
深見東州先生こそが最高のお手本です。

ほおずき市の風鈴の音を聞きながら、
あらためて深見先生に巡り会えた幸せを感じ、
ご神業のありがたさに感謝するとともに、
ますますに精進したいと決意を新たにいたしました。

確かに。

法が大好きになって、
今回も4万6千日分の功徳をいただいたようです。

posted by Son of Zeus at 16:29| ワールドメイトで体験したこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

石の上にも二十年

久々の更新です。

すっかりブログから遠ざかっていましたが、
最近強く思うことがあるので書いてみます。

石の上にも3年という言葉があります。
なんでも3年間、腰を据えて本気でやったら、そこそこモノになります。

なんでも10年、コツコツしっかりやってたら、プロになれるといいます。
プロとは、それでお金を稼いで生活できること。
そのレベルまでには、誰でもなれるそうです。

信仰も同じです。
1回や2回の神事で、証があったりなかったり。
これで大騒ぎしても仕様がありません。
(本当は全員に証が出ているのですが、気づかない場合が多い)

今の自分の運気は、
何十回もの過去世や、何十代もの先祖を通じて築かれたもの。
3年、5年、10年、20年と積み重ねて変えるべきですし、
それでも10年や20年でがらりと変わったら奇跡です。

ことに、やってくる幸せが大きければ大きいほど、
神様は時間をかけてじっくりと根本的な「治療」をなさいます。

焦らず、たゆまず、いい日も悪い日もコツコツやること。
これに尽きます。

実際、信仰の「20年選手」はみな一様に、
揺るぎない幸せをつかんでいます。

金銭、家庭、恋愛、名誉など、
何かを「捨てて」神様のためにがんばった人に、
神様は思わぬ形でぽーんと報いてくださり、
捨てたはずの何かまで与えてくださるケースをたくさんみてきました。

無理しすぎる必要はありません。
「ちょっとの無理」はないと人間が成長しませんが、
一番大事なのは続けること。
無理をしすぎて途中で折れたら元も子もありません。

緩急があるのはいい。
間があくのは最小限に。
でも断はいけない。
継続こそが力。

多くの人をみてきた結論は、
これだと思います。

また、人形の潔斎が近づいてきましたが、
コツコツと10年、20年、人形に祈りを込めてきた人で、
最終的に幸せにならなかった人を私は知りません。

間なく断なく
今回もたくさんの人形に、
感謝と夢を込めて申し込ませていただこうと思います。
posted by Son of Zeus at 10:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

「煮え湯」を飲んだ経験こそ

「それなり」に年をとってくると、
時折、昔のことを思い出します。

もちろん、「追憶」のなかに生きていては、
魂が死んでしまいます。

「昨日より今日」、「今日より明日」で、
日に新た、日に新たの進歩、発展、挑戦を続けてこそ、
御魂が輝き、生命の息吹が湧いてくるそうです。

だからなるべく「過去」に生きるべきではない。

しかし、そうは言っても、過去があるから現在があります。
来し方を振り返り、進むべき未来に思いをはせることも、
時には必要です。

そして、そんなふうにして過去を思い返すとき、
ただ単純に楽しかったという思い出よりも、
苦しい時間を乗り越えたという経験のほうが、
圧倒的に素晴らしい思い出として脳裏に蘇るのです。

「いついかなる時もうまくいく」という人はいません。
理不尽な目にあい、割の合わない思いをし、長い忍耐をして、
ときどき霧が晴れたように物事が進む。
どんな偉人であれ、成功に至る道は、だいたい共通しています。

事実、豊臣秀吉であれ、徳川家康であれ、
幼少期から思春期にかけては壮絶な苦労をし、
青年期から中年期までのすべてを下積みの時間として雌伏して、
ある時、天の機をつかんでから、天下人へ駆けあがっています。

後世の人は鮮やかで華やかな部分しかみませんが、
40年、50年と続く忍耐をやりとげ、
余人の及びがたい実力と人望を身につけたからこそ、
あの、史上まれなる大出世があったわけです。

いわば、栄耀栄華のほぼ全ては、
忍耐と苦渋と葛藤と困窮と理不尽な思いが転化され、
この世に顕現してきたことになります。

だからでしょう。

ふと目を閉じると、
苦しかった時代を乗り越えた足跡が、
黄金のカーテンの向こうに浮かびあがるように、
ふわりと目に浮かびます。

かつて、兜卒天悟得会のときに、深見先生は
「煮え湯を飲んだ経験だけが兜卒天に持っていける」
とおっしゃいました。

理不尽な扱いをうけ、
苦渋と困窮をぐっとこらえて
「煮え湯」を飲むような思いをしたぶんの苦労が、
魂に残り、魂を鍛え、大きくし、その人の実力となる。

だから、死んで兜卒天にのぼるような人は、
生きている間はあらゆる苦労を体験し、
汗をかき、頭をかき、恥をかきながら、
世の中のため、人々のために、
「報われない努力」をさせられるそうです。

そして、「世の中」と「人々」が
「報いてくれなかった」ぶんの苦労を、
ご神霊が報いてくださるからこそ、
この世では到底経験し得ないような
絶叫するような幸福と満足のなかで、
何百年も過ごさせていただける
兜卒天の住人となるのです。

私などはそれに比べるべくもありませんが、
それでもご神業を20年近くもやっていると、
少しだけその呼吸がわかるような気がします。

大変だったこと、
苦しかったこと、
理不尽な目にあったこと、
悔しかったことなど、
「煮え湯を飲む」ような思いをした上で、
それを乗り越え、明るく次のステージに進んだ事柄は、
すべてが素晴らしい思い出となって、
自分のなかで輝いているのです。

私の魂が得た、本物の宝物です。

どんな苦しみも永遠には続きません。
ことに、ご神業に生きる人には、
5年、10年のスパンで状況がどんどん変化します。

なにしろ、仕組の段が変わるし、
本人の修業の課題も変わるのです。

今となっては、
毎月一回定例セミナーに集い、
夜を徹して青山塾で精進した90年代が懐かしいですし、
数週間、数カ月の時間をかけて、全世界から神事会場に結集すべく、
精一杯のお声かけをした、2000年代最初の10年間が
とても楽しく思い出されます。

もちろん、そういったご神業も終わったわけではなく、
そこで出された重要なエッセンスは引き継がれ、
さらに発展して新しい段に続いているわけですが、
かねがね深見先生が、
「私と一緒にこういうご神業ができるのも、いっときだけのことですよ」
とおっしゃったとおりに、ご神業のあり方はどんどん変化しています。
その深見先生の言葉に、嘘はありませんでした。

そして、ご神業を進める上で、
職場や家族、人間関係や資金の面で、
頑張ったこと、努力したこと、板ばさみにあったことなど、
「煮え湯を飲んだ」全てのことが、
今となっては懐かしく、黄金の思い出として脳裏に浮かぶのです。


――――――――――――

さて。

週末には久々の神開き、
「霧島神業」が行われます。

こういったタイプのご神業は、
ずいぶん少なくなりましたが、
それゆえに、これからはじまる一回一回のご神業が、
いかに貴重な機会なのかを実感します。

確かに、年度末に九州の南まで集うのは、
そんなに簡単ではないという人も多いでしょう。

しかし、それゆえに、
その苦労は魂に残り、神様が受け取って下さるのです。
(もっとも、神事そのものは、その場所にいるだけで、
例えようもないくらい幸せな至福の時間ですし、
人生が変わるような証もバシバシでますので、
参加しないと本当に「勿体ない」のですが・・・)

この瞬間、瞬間に、
未来に花開く幸福の種をまかせていただいています。
そして、ひとたび開いた幸福の花は、永遠に続く幸せの実を、
私たちが持ちきれないほどくれるのです。
だからこそ、深見先生と一緒にご神業ができる今こそが、
「黄金の時間」です。

そう信じて、
霧島の地に向かわせていただきましょう。


posted by Son of Zeus at 07:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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