2012年02月17日

気付かないから「因縁」という

豆木の季節になると思い出すことがあります。

昔、青山塾で一緒だったA君。
青山塾生・・・といっても、
ほぼ「卒業間近」の彼は、全ての豆木のなかで、
「色情因縁豆木」だけは一度も書いたことがないと、
豪語(?)していました。

理由を聞いてみると一言。
「いやあ。僕、彼女イナイ歴三十○年ですから。
色情因縁だけは関係ないでしょ」

いやいやいやいや・・・。

その瞬間にそこにいた全員から突っ込みが入ったのは
言うまでもありません。

「何もないのが色情因縁なんじゃあああああ」

という周囲からの猛烈な抗議(?)に、
やむなくその場で色情因縁豆木を書いたA君。

その後、どういうわけか、塾や支部のおネエ様方から、
「だからあんたはダメなんじゃあああああ」
としょっちゅう突っ込みが入り、
着るものから、言葉遣い、身のこなしまで変えた結果、
見違えるようにイメチェン。

彼女ができたとか、できなかったとか・・・(笑)


もう一人は同じ支部のBさん。

おっとりした彼女は、
およそ「怒る」という言葉に縁がありません。

だから修羅道豆木は書いたことがないといいます。

しかし、そんなBさんが一言。
「私、おっとりしているせいか、
いつも周囲がイライラしちゃうんですよね」

いやいやいやいや。

「Bさん、それも因縁なんじゃないですか?」

修羅道に落ちた獄界先祖の影響は、
何も子孫が怒りっぽくなることだけでなく、
周囲に及ぶのです。

その年、Bさんは修羅道豆木を書いたのですが、
その後、支部のお役に立候補して、
みちがえるほどハキハキしました。

今やおっとりして周囲をイライラさせるどころか、
トロトロしてる男の子をBさんが叱りつけるほど(笑)。


このように、
本人が気付かないところに潜んでいるのが、
「因縁」なんですね。

本人も周囲も気付かないぶん、
放置されてなかなか修正が効かない。

獄界先祖の存在そのものが、
何百年、何千年も気付かれないように、
意識にのぼらない因縁は処置のしようがないのです。

対策としては、たったひとつ。

その年に出された豆木を、
全部書くことです。

少額でもいいから、
コツコツと残らず書く。

豆木が許されたということは、
獄界の蓋があいて、
救済が許された先祖がいらっしゃるということ。

そうしたご先祖様方にとっては、
千載一遇の機会ですが、
私たちにとっても、
普通に暮らしていたら絶対に気付かない
因縁に光が当たるまたとない機会なのです。


今年もまた、
今年だけの新しい救済豆木が許されたそうです。

ということはつまり、
私たちの霊的世界の意外な世界に、
今まで届かなかった光が届くということ。

心から感謝するとともに、
慎んで豆木を書き、
申し込ませていただきたいと思います。

posted by Son of Zeus at 05:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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