2012年02月09日

早い遅いはあるなれど。。。

つらつら思うに、
昔、願ったことはみんな叶っています。

海外に行く用事が多くなって、
「大変だなあ」と思いつつ、
それでも
「まあ、行ったことないとこだし!」
と喜んでいたことがしばらくありました。

そんな海外めぐりが一巡して後、
ふと気が付きました。

「行きたいと願ったところに、
全部行けてる!」

自分でも忘れていたくらいですから、
相当に昔。7〜8年くらい前でしょうか。

とにかく、ありったけの願いを全部、
等身大形代に書き込んだことがあります。
(いつのどちらの神事か覚えてないのですが)

その中に、
「○○に行きたい!」と行きたい都市名を
何か所か書き込んだことを覚えています。

長い時間をかけて、
しかも、仕事上の発展と軌を一にして、
自然な形で全部叶ったわけです。

他愛もなく、
それほど切実ともいえない願いですが、
結局のところ神様は
全部聞いてくださっていたんですね。


願いごとが叶うには、
下記のような法則があるそうです。
ワールドメイトの講義で、
教えていただいた内容です。

「証が出ない」とか、
「願いは叶わない」といった悩みを
抱える皆さまには参考になると思います。


1)神様は必要な時間をかける

いくら「全知全能の神権」をお持ちの神様でも
この世のことをきっちり整えるには、
それなりの時間をおかけになるそうです。

この世の法則もまた、
神様がお作りになったもの。

時に「あり得ない奇跡」を起こすのも神様ですが、
基本的には、この世の手順とルールに従い、
自然な形で機を熟させ、願いを叶えてくださいます。

だから、大きな願いほど長い時間をかけ、
じっくりと万全の形で成就させてくださいます。

「早い遅いはあるなれど」
…神様にお導きいただく限り、
願いはいつか叶うのです。


2)願いを成就させるプロセスで、
人を育て、人を幸せにする


人生の究極の目的は、
御魂磨きと徳積みです。

自分を磨き立派になり、
たくさんの人を幸せにできる人間になる。

だから、そうなるよう、
願望成就のプロセスを工夫させるのです。

私の場合は、
「○○に行ってみたい!」
という他愛もない願いでしたが、
これを叶えるプロセスで、
神様はいくつもの課題とステップを
準備して下さっていました。

語学をやらざるを得ない環境に追い込まれ、
やったこともない仕事に挑戦させられ、
「なんでこうなるんじゃ」ということが多々あり、
それらを全部やりこなせてみて、
気がついたらそれらのプロセスで、
行きたかった場所に全部行っていました。


(3)「願ったとおり」になるというより、
「願った以上」の結果になることが多い


人間は神様に比べたら未熟です。

また、同じ人間でも、
成長する前と後では、
願い事の種類が変わります。

成長して立派になれば、
より大きく、深い角度から、
物事を考え、計画を立てることができます。

「若気の至り」という言葉がありますが、
若い頃の他愛もない願いは
(その時は真剣そのものなのですが)
時間が立ってみると、
恥ずかしくなるほど幼稚だったりします。

でも、神様はちゃあんとそこをわかって、
見事に計算して願いを叶えてくださいます。
未熟な自分の願いでも、
時間がたって成長した頃に
見事に「これでよかった」と思えるよう、
時間差で導かれるのです。

先にも述べたとおり、
願望成就のプロセスに、
必ず「プラスα」を加えてくださり、
一石二鳥、三鳥を狙われるのです。

また、願いごとの中には、
そのままの形で叶えないほうが、
本人や関係者にとって幸せな場合があります。
その場合は、大きな角度から修正を加え、
後から考えて「これで良かったんだ」となるよう、
導いてくださいます。

だから、
本当に正神界の神様が動かれるからこそ、
「願ったとおり」より「願った以上」になるのです。

このことが分かってないと、
「ちっとも願いが叶わない」とか、
「願ったことの逆に行ってる」とか
思うこともあり得ます。

でも、それは「願った以上」に
導かれているプロセスなのです。


(4)神様は「粋(イキ)」が好き

そして最後。

何かひとつ、「ぱーん」と粋に感じるような、
鮮やかなドラマを入れこんでくださることが
多いそうです。

不思議なご縁のドラマになったり、
人名や地名、数字がピタリと符合したり、
あり得ないような偶然が重なったり。

「こんなこと、神様じゃなきゃ無理だ」
ということを仕組まれます。

そこに、驚きと感動があるのです。

神様は機械ではありません。
コンピューターのように入力した通りに出力するわけでなく、
ATMのようにボタンを押したとおりに現金が出てくるのでもない。

ドラマがあり、
ストーリーがあり、
ユーモアがあり、
脱線もちょっとあって、
クライマックスを迎えることが大好き。

それが生ける実在の神様です。


大切なのは、こうしたことを信じて、
願いを諦めないこと。

無論、結果に執着しては、執着心の黒雲に覆われ、
叶う願いも叶わなくなりますから、
「全て神様にお任せしますー」と「放たれた心」に帰一することが、
結果として全ての願望を成就させるコツですが、
神様は親の親の親の親のそのまた親の・・・ですから、
胸で思った願いをなんでも投げてみて、
とりあえずは甘えてみることです。

緩んでたり、心得違いがひどい場合は、
「こらー」と鉄槌を下すこともないわけではありませんが、
やはり人間がかわいいのでしょう。
最後にはきっと、
「やっぱり神様はいるんだ」と思うような証を下さいます。


そうやって、神様との距離が近くなり、
徐々に交流が深くなっていくこともまた、
神人合一の道の第一歩だそうです。


ぜひ、日々実践してみたいものですね。




posted by Son of Zeus at 11:33| ワールドメイトで体験したこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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