2015年05月21日

ワールドメイトはお金がかからない

もうひとつ、よく誤解されているのがこれ。

「ワールドメイトはお金がかかる」というもの。

これはやや悪質なデマや中傷のせいで、
大いに誤解が蔓延したことがありますが、
ワールドメイトの基本的な活動に参加する限り、
数百円や数千円もあれば十分です。

ご神業ビデオを視聴させていただくだけなら、
御志御随意(無料)か200〜300円も奉納すれば、
何時間でもたっぷりと神学びすることができます。

非常に大事な神事に衛星放送で参加すれば、
3千円くらい奉納させていただくこともありますが、
何をどう間違っても人生が狂うほどの出費ではありません。

命乞い形や人形形代なら数十円や数百円でも、
立派なご神業ですし、
支部のご神前で世界平和や日本の弥栄を祈るのに、
御玉串はしてもしなくてもいいのは当然です。

ただただ、神学びをして御魂を磨き、
世界の平和や日本国の弥栄を祈るプロセスで、
実在の神を体得し、神を行じ、神人合一するのが、
私の理解する限り、ワールドメイトでの中心的な活動です。

もちろん、レベルの高いお取り次ぎ資格をとったり、
秘鍵開示会などの参加したりする「自由」もありますが、
そうしない人もたくさんおられますし、
だからといって会員をやめろというようなことはありません。

「とにかく自分自身が開運したい」
「ここ一番の願いを叶えたい」
という人が、「ここ一番」の奉納を行おうにも、
原則的に全ての神事で5万円をはるかに超える玉串は、
ワールドメイトに受け取ってさえいただけません。

他の教団なら、給与のたび、ボーナスのたび、
はたまた退職金や相続のたびに、
高額のお布施や献金の話が来ると聞いていますが、
ワールドメイトに限ってはそうしたことは起こり得ません。
他教団とは、そもそもお玉串の桁が違うのです。

しかし、(悲しいことに)私の知り合いでも、
「客観的にそれは叶わないようがよい」という願いで、
自分の「欲(我利)」を満たすために玉串しておいて、
「ちっとも叶わなかった」と憤って会員をやめてしまい、
「お金がもったいなかった」と批判していた人もいます。

この人はどこの神社でもお寺でも教会でも、
同じように「願いが叶わなかった」と文句を言うのでしょう。
しかし、信仰とは何かを真剣に考え、
客観的、良識的、常識的な判断ができる人からしたら、
この人が言うことがおかしいことはわかるはずです。

ともかく、そんなわけで、
(だいぶ真実が知られて、沈静化していますが)
悪質なデマや中傷に騙されないようにしたいものです。

ワールドメイトは世間一般の宗教団体と比べて、
「お金がかからない」団体であることは、
客観的な事実ではないでしょうか。
posted by Son of Zeus at 10:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

ワールドメイトの活動はすべて自由

長くワールドメイトの会員をやっていると、
すっかり当たり前になっていることが、
世間の人には驚くべきことである場合があります。

例えば、

「ワールドメイトの活動はすべて自由」ということ。

どこの宗教団体にもノルマのようなものがあり、
催事に参加しないと激しく責められることもあるそうです。

しかし、ワールドメイトの活動はすべて自由。
魅力的な「お誘い」はありますが、一切強制はありません。

それはそうです。

ひたぶるに神様に誠と真心を捧げるものが神事ですが、
強制されたり、嫌々参加しては、誠も真心もありません。

エンゼル会に入り、お役についたりすれば、
コミュニティの皆をお世話する役回りを授かりますが、
それも含めてすべて自由意志です。

嫌な人が無理矢理、お役をやることはないですし、
実際に、支部代表やエンゼル会の方々の中には、
仕事や家庭の都合で一時的に神業をお休みするのは、
よく聞く話ではありますが、だからといって、
「もっとしっかりやれ」とか「祟りがある」といって、
参加やご奉仕活動を強制することもあり得ない話です。

少なくとも私が深見先生のお話を聞いてきた限り、
ご神業は絶対に強制であってはならないというものばかりです。
また、私個人としても、
ワールドメイトの「自由さ」を日々、痛感しています。

友人にこのことを話すと驚いていました。

私達が「当たり前」だと思っていたことが、
実は当たり前ではないことって結構あるんですね。

posted by Son of Zeus at 08:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

「世迷い言」の予言など。

ある世代より上の方は、
「ノストラダムスの大予言」と聞けば、
懐かしくも、苦々しい思いがするはずです。

結局、「1999年7の月」はなにごともなく過ぎ、
いつもどおりの日常が続きました。

しかし、この予言を真に受けて、
人生を悲観して、刹那主義に流されたり、
あるいはヘンな宗教にはまったりして、
大切な青春時代を無駄にした人も多いです。

もし、「ノストラダムスの大予言」が、
本当に避けることができないものであれば、
いたずらに恐怖を煽ることは、
その直前まで言わないで欲しかったと思っていました。

それを防いだり、救済策もないのに、
人を怖がらせることを言い放つのは、
いくらなんでも無責任としか言いようがなく、
世を惑わせるだけの「世迷い言」でしかありません。

しかし、そういう「世迷い言」の類いというのは、
時代が変われど繰り返し出現するようで、
つい先日も「東海大地震」「首都圏直下地震」などと、
ネットを中心に世の中を騒がせた人物がいました。

いったい、誰が、どんな得をしたのでしょうか。

私が、ワールドメイトが素晴らしいと思うところは、
世を惑わせるような予言を言い放つことは絶対なく、
たとえ、未来に関する懸念事項があらわれても、
「こうすればよくなる」という解決策、改善策が、
必ず一緒に出されるということです。

未来の懸念を解消し、災い転じて福となすために、
神事や祭事が行われることもあります。
そこでひたぶるに祈り、神様にお受け取りいただけば、
災いはことごとく消え去り、幸運がやってきます。

その神事や祭事とて、どこかの宗教団体のように、
別に金儲けが目的ではありません。

もちろん、神様にお受け取りいただくためには、
熱い誠をお届けする必要があるのは当然ですが、
神社で連続参拝したり、衛星放送参加したりして、
「物施」はほどほどにしながらも、
たっぷり真心を込める方もいます。人それぞれです。

そして、毎回毎回、「これだ」と実感する証があり、
確実に世の中が良くなり、人々が幸せになるからこそ、
私達会員は、ワールドメイトにいることに幸せを感じています。

解決策もない「世迷い言」の予言など、
当たっていたも迷惑、外れても迷惑。誰も幸せになりません。

世を思い、人々を思うのであれば、
こうしたワールドメイトのあり方こそ、
神様も世間も私達もみんなハッピーなやり方だと私は思います。

だから、私はワールドメイトの会員を続けているのです。



posted by Son of Zeus at 14:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月08日

人生の転機

ワールドメイトで経験したたくさんの証はありますが、
私の場合、根本的な意味での「人生の転機」となったのは、
やはりあの「大仁位上げ神業」だったように思います。

いろいろあって、当時、食事も制限するほど貧乏だったのに、
何を思ったか、思い切って玉串のバーを超えていきました。

緊張で足が震えるような思いをしながら、
ずどんと包んだお玉串を受付まで持っていったことを覚えています。

それからです。

住む場所が変わり、
職業が変わり、
つきあう人々が変わり、
人生がまるっきりかわっていきました。

思えばあの時、「位上げ」の発願をしたとおりに、
神様が私の人生を根本的に変えてくださったようです。

このたび、伊勢の中部エリア本部への勧進が許されました。

また、今年の6月まで、世界一観音様への奉奠もお許しいただいています。

こんなにありがたい機会はありませんので、
私としてはただただありがたく感じ、張り切っています。

もちろん、「お陰」を求めての玉串をするつもりはなく、
これまでのことに感謝を込め、
こらからのご神業の弥栄を祈念しての奉納です。

どうぞ、この誠を神様がお受け取りになり、
たくさんの方の人生を変え、
日本を、世界人類を素晴らしい方向にいざなっていただけますように。

posted by Son of Zeus at 16:00| ワールドメイトで体験したこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

豆木や人形は「ひと通り」書かせていただきます。

いよいよ今夜で、豆木の第1次申し込みが終了です。

私は、豆木や人形などは、
必要かどうかはともかくとして、
「とりあえず、ひととおり申し込む」ことにしています。

特に、新しく出されたものは、
まあ、式階はともかくとして、
無条件で奉納させていただきます。

なぜかというと。。。

まず、「必要かどうかなんか私にわかるはずない」からです。
むしろ、「自覚できないから因縁」なわけで、
必要だなあ、と思わないということは、
思いもかけず自分に深いつながりがあるかもしれません。

そして、「必要だからこそ降ろされた」からです。
それぞれのご神業には、それぞれのテーマがあるそうです。
そして、そのテーマに沿って、必要なご神徳を神様が出されます。
せっかく、神様がご神徳をくださる気まんまんでおられるのに、
それを受け損なうのはもったいないというものです。

とはいえ。

何も杓子定規に「決めたことだから」と奉納するのではありません。

楽しくて、わくわくするからです。

特に、新しい豆木の場合は、
何十年も、何百年もこの日を待ち望んでいたご先祖がおられるわけで、
その方々にとってはようやく来た「救済の日」です。

謹んで申し込ませていただくことの嬉しさを感じつつ、
豆木で救済されるご先祖様のぶんまで、
神様と深見先生に感謝させていただきたいと思います。

posted by Son of Zeus at 17:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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